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平成24年12月(2012December)

マチカネくんと歩く
まちある記
蛍池小学校区
第9回
地名が物語るまちの歴史
蛍池中町から蛍池西町へ
このまちは、江戸時代の麻田藩から、明治以降は麻田村に、阪急電鉄の新駅開設とともに蛍池という地名へと変わっていきました。まちの歴史や文化を感じながら、歩いてみましょう。

フランス語で蛍を意味するルシオーレ
1 ルシオーレ(蛍池中町3丁目)
平成15年(2003)に開設したルシオーレには市民サービスコーナーやホール、老人憩の家、図書館、公民館、教育センターとたくさんの施設があります。それぞれの施設では展示やイベントが盛りだくさん。駅やスーパーの行き帰りに、ちょっとのぞいてみては?

豊臣、徳川に仕えた大名の居館
2 麻田藩陣屋跡(蛍池中町3丁目)
江戸時代、現在の阪急蛍池駅付近に本拠を構えた大名・青木一重。その陣屋は南北250メートル、東西190メートルにも広がり、石碑の場所がちょうど藩主の邸宅だったと考えられています。廃藩置県の際に一時、「麻田県」になったという記録もあります。

地域の中小企業を応援
3 とよなか起業・チャレンジセンター(蛍池中町3丁目)
事業所数が大阪市、堺市、東大阪市に続き府内で4番目に多い豊中市。このセンターでは、セミナーや交流会などを開催し、市内の中小企業を積極的に支援しています。

池に浮かぶ体育館
4 第十八中学校(蛍池中町4丁目)
体育館が浮かぶのは山所池。農業用のため池で、昭和40年代までは淡水魚の養殖が行われたこともあったとのこと。昭和61年(1986)に第十八中学校が開校し、池は大半が埋め立てられましたが、現在でも南側には水があり、のんびり甲羅干しをしているカメに出合うこともあります。

空の玄関口
5 大阪国際空港(蛍池西町3丁目)
利用者は年間1,300万人。空の玄関口としての機能だけではなく、空港を活かしたまちづくりを進めようと、就航都市の物産展や催しなどが開催されています。

◎蛍池の由来
明治43年(1910)、箕面有馬電気軌道(現阪急電鉄)が新しい駅を開設する際に、駅の東側にあった「蛍ヶ池」の名が風流ということで、駅名に採用したのが始まりだそうです。麻田の地名は公園などに名を残しています。

◎豊中初の郷土かるた
子どもたちに、地元にもっと愛着を持ってほしいと「蛍池・あそびのプロジェクト」の皆さんが制作した「蛍池かるた」。
蛍池地域の町名や神社、寺、祭りなどが描かれ、「いつものかるたと違って、ルシオーレとか知っている名前が出てきて楽しい」と子どもたちに大人気!

◎蛍池小学校創立140年
明治5年(1872)の学制施行により旧麻田藩の陣屋内に設立され、児童数の増加により昭和3年(1928)に現在地へ校舎を移転しました。当時は1組、2組という呼び方ではなく、松、竹、梅と呼ばれていたそうです。

1月号は「まちある記」をお休み。2月号は庄内小学校区をご紹介します。お楽しみに。