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千里ニュータウンの再生

千里ニュータウンとは

 千里ニュータウンは、市東部から吹田市にまたがる千里丘陵に大阪府が開発したわが国初の本格的なニュータウンで、その面積は1,160ヘクタール(うち豊中市域は369ヘクタール)、計画人口は15万人(うち豊中市域は5万人)に及びます。
「近隣住区」など当時の最先端の都市計画理論を取り入れて整然とした街が造られ、このうち豊中市域は新住宅市街地開発法(昭和38年(1963年)公布)に基づく日本で最初の事業として開発が進められました。
 昭和37年(1962年)に吹田市域で入居が始まってから約50年が経過し、その間にみどりが育ち、人々が暮らしを営み、さまざまな地域活動が展開されるなど、千里ニュータウンはまちとして大きく成長してきました。
 人口は、昭和50年(1975年)の約13万人(豊中市域は約4万3千人)をピークに平成17年(2005年)には約9万人(豊中市域は約2万8千人)まで減少しており、少子・高齢化の進展、建物の老朽化、近隣センターの衰退など様々な課題を抱えています。
一方で、集合住宅の建替えなどの動きが本格化し、新たに供給される住宅には子育て世代の入居も多く、千里ニュータウン豊中市域の人口は平成27年(2015年)には約3万5千人まで回復しています。

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千里ニュータウンにおける方針や取組み

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